日常勤行式のお話⑧~四誓偈~

今回は、「四誓偈(しせいげ)」についてお話いたします。

四誓偈は、「仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)」というお経から一部分を抜き出した形で成立しています

ちなみに、この仏説無量寿経と、「仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)」、さらに「仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)」というお経の三つを合わせて、「浄土三部経(じょうどさんぶきょう)」と呼びます。

どれもが、浄土宗の教えの根幹をなすとても重要なお経です。

それでは、まずは四誓偈の本文をご紹介いたします。

我建超世願がごんちょうせいがん 必至無上道ひっしむじょうどう 斯願不満足しがんふまんぞく 誓不成正覚せいふじょうしょうがく

我於無量劫がおむりょうこう 不為大施主ふいだいせしゅ 普済諸貧苦ふさいしょびんぐ 誓不成正覚せいふじょうしょうがく

我至成仏道がしじょうぶつどう 名声超十方みょうもんしょうじっぽう 究竟靡所聞くきょうみしょもん 誓不成正覚せいふじょうしょうがく

離欲深正念りよくじんしょうねん 浄慧修梵行じょうえしゅぼんぎょう 志求無上道しぐむじょうどう 為諸天人師いしょてんにんし

神力演大光じんりきえんだいこう 普照無際土ふしょうむさいど 消除三垢冥しょうじょさんくみょう 広済衆厄難こうさいしゅやくなん

開彼智慧眼かいひちえげん 滅此昏盲闇めっしこんもうあん 閉塞諸悪道へいそくしょあくどう 通達善趣門つうだつぜんじゅもん

功祚成満足くそじょうまんぞく 威曜朗十方いようろうじっぽう 日月戢重暉にちがつしゅうじゅうき 天光隠不現てんこうおんぷげん

為衆開法蔵いしゅかいほうぞう 広施功徳宝こうせくどくほう 常於大衆中じょうおだいしゅうぢゅう 説法師子吼せっぽうししく

供養一切仏くよういっさいぶつ 具足衆徳本ぐそくしゅとくほん 願慧悉成満がんねしつじょうまん 得為三界雄とくいさんがいおう

如仏無礙智にょぶつむげち 通達靡不照つうだつみふしょう 願我功慧力がんがくえりき 等此最勝尊とうしさいしょうそん

斯願若剋果しがんにゃこっか 大千応感動だいせんおうかんどう 虚空諸天人こくうしょうてんにん 当雨珍妙華とうちんみょうけ

それでは、意味をご紹介致します。

「私、法蔵菩薩は、この上ない覚りの境地へと到達するためにこれまでこの世にはなかったようなすぐれた誓いを建てました。

これらの誓いがすべて満たされない限りは完全なる覚りの境地には決して入りません。

たとえ無量劫という長い時間を経ようとも、恵みを施す大いなる主となり、貧困にもがき苦しむあらゆる人々をすべて救わない限りは、完全なる覚りの境地には決して入りません。

私が覚りの境地へ到達した時、仏としての我が名があらゆる世界を超えて響きわたり、その響きがその果てに聞こえなくなるようなことがある限りは完全なる覚りの境地には決して入りません。

欲望から離れ深遠な正しい思念を保ち、清らかな智慧を具え、尊い梵行という修行を修め、この上ない覚りの境地を得ようと志して、あらゆる天人や人々を導く師に私はなりたいです。

世自在王如来のような、仏たるものは、人知を超えた強大な力を用いて大いなる光を放ち、無限の彼方の世界までことごとく照らして、貪り・瞋り・愚かさという三種の煩悩の闇を取り除き、あらゆる世界のいかなる苦難に喘ぐ人にも救いの手を差し伸べます。

迷い深き者に智慧の眼を開かせたり、視界を遮る暗黒の煩悩を除いたりします。

地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちていく道を閉ざして、善行によって赴く人々や天人の世界へ通じる門をくぐらせます。

仏として具えるべき功徳をすべて具え、その身体から発せられる光はあらゆる世界で輝き、太陽の光も月の光もその輝きに飲み込まれ、神々の光も打ち消されて輝きを失うほどです。

人々のために仏法の蔵を開け放ち、仏の功徳という宝玉を分け隔てなく施し、常に人々の中にあって獅子が吼えるように雄壮に法を説きます。

あらゆる世界の仏を供養し、様々な行を修めて功徳を積み、誓願も智慧もことごとく完成させ、迷いの世界の人々を導く師となります。

仏が具えている智慧の光というものは、何ものにも妨げられず、あらゆる世界に行きわたり照らし残すということはありません。

願わくは私が仏となるからには、功徳と智慧のはたらきは、世自在王如来のような最もすぐれた尊者と等しくありたいです。

こうした誓願が成就し、あらゆる世界が揺れ動き、空に舞う諸々の天人が妙なる花を雨降らすように願います。」

長文になりましたので、今回はここまでとし、次回は簡単な解説をしたいと思います。